日本に帰ってきました。食住雑感から

2月も終わりになって、漸く帰ってきた日本に再適応しかかったかなと言う感じです。このホームページの日記もなかなか書く時間も気持ちの余裕も無く、最近になって、自然に書けるものを書きたくなったら書けばよい、という気持ちに戻れるようになりました。そこで、しばらくは、単に書いてメモっておいた自分の手帳にちょっと手を入れて、ここに出してみようと思います。外国から帰ってきたものの常で、どうしても比較して感想をもちますし、また比較の意味や方法などについても、つい反省したくなります。そうしたことも含めて、正直な雑感から、また文章を書き始めたいと思うようになりました。2月2日の感想です。

「この1月末に日本に帰国いたしました。それから数日後の2月2日、日本の我が家の窓から、牡丹雪の大粒が音もなく降り続けている風景をみました。日本南西部の太平洋側にある私の地方では、かつて見たこともない本格的な雪景色です。最近日本への里帰りからスペインに帰ったばかりの友人が言っていましたように、日本は家の中にいても本当に寒さが身に凍みるように冷たい気がいたしました。基本的に石で出来ているスペインの家は、家の中では冬暖かく、夏は涼しいと言えましょう。石の壁と、2重ガラスの窓、仕切ると部屋が真っ暗になる頑丈なシャッターがこちらの特徴と言えましょうか。最近の都市のアパートは、冷房無し、どこも大体集中暖房となっています。夏冬共に、昼寝の時間はシャッターと2重のガラス窓を閉め切り、ぐっすり30分ほど寝るのが私の習慣となっていました。
さて、さしたる深い理由もなかったのですが、スペインで暮らすようになって2年半となってしまいました。この間毎日、健康のため散歩し、新聞を読み、それなりの家事をし、そして、余暇活動として市民の余暇活動に参加するという極月並みな定年生活者の生活を送ってきました。これを如何に規則正しく、どれも手を抜かずにして過ごすか、それが人に迷惑をかけないで、健康に、経済的に、それなりの意味を見いだせて生きていく唯一の極意だ、と信じ切っているかのようにして暮らしていました。こうした定年生活者としての、ひっそりと息を潜めた生き方は、日本で暮らそうと、地球上の何処で暮らそうと、多分変わることはなかったでしょう。年金の範囲内で、自立して暮らしたいと言うことになれば、私の場合、守備範囲を少しずつ限定して行かざるを得ないからです。その結果、どんな生き方になったかは、この「文赤千兵衛の日記」を読んで下さった皆さんはもうおわかりになっていることでしょう。
 さて、高々2年半の本当に僅かの間とはいえ、最小限の家具の付いた借家の、狭い小さなアパ−トに住んで、最小限の買い物で過ごしてきたとはいえ、滞在が長くなるにつれ、つき合いのわるい私でさえ、何時までも旅行者の姿のままで、リュックにジーパンという出で立ちは許されなくなり、少しずつ洋服も増え、お客さん用の皿や、こちらの料理用の鍋なども増えてくるし、小さな庭に球根や多年草の株も増えて来るというようになって、帰国の際の引っ越しは、かなりのものを捨ててきたのですが、捨てがたいものが30kgのダンボール6個にもなり、飛行機への持ち込み荷物をパソコン・プリンターは勿論、非常に便利にしていた買い物用の挽き車に到るまで持ち込んで帰る羽目となりました。
 余暇活動の合唱練習のために買った楽器などは、大きくて未練なくおいてくることが出来ましたが、本や新聞はぜったい捨てて来るのだと勢い込んでいましたが、結局捨てきれず、かなり持って帰ることになりました。楽器は、すぐにもらってくれる方が決まりましたが、日本語の本などは、置いてくることを半ば以上の目的にして持っていったのですが、寄付したい日本語・日本文化コースを持つ大學などでは受け入れ手続が面倒で、簡単には喜んでもらってくれないとことがわかりましたし、上げたいお世話になった日本語の読める方などに対しては、私の興味で集めた本が役立つか、不快の念を起こさせるか、何とも言い難い気がしたということもあり、失礼にならないように書物を贈ることはやめました。高価な本以外の、2000円以下ぐらいの本は、運送料が高価なので文字通り紙専用の分別用のゴミ箱に外から見えるようにして捨てましたが、幸いにしてかなりのものがゴミ収集車行きではなく、すぐ消えていました。どんな形であれ、もう一度誰かによって利用されたら幸いです。
 合唱団から戴いた楽譜は、まだ数えたことはありませんが数百曲は下りませんでしたので、意外に多く、日本では決して手に入らないだろうと思うスペインの教会音楽を多数含み、ちょっとした財産ですので、これは全て持って帰ることにいたしました。
 もう一つは、毎日読んでいた新聞の中のちょっとしたスクラップで、最小限にしたとはいえ、もう1回日本で系統的に分類し直して読み直したい、という気がおさえきれず、これも持って帰ることになったのは予定外のことでした。これからどんな風にスペインでの生活への興味が展開することになるのでしょうか?私自身にも予想が付きませんでした。
 さて、帰ってから何を措いてもとりあえずしたことは、身体のオーバーホールです。乾燥しきったスペインで鼻や喉がカラカラに渇ききるような風邪をひいて日本に帰りましたが、風邪はすぐ治りましたが、飛行機中で中耳炎を起こしたようで、先ず耳鼻科に通いました。スペインは冬でも、洗濯したジーパンのようなものでさえ、暖房の側に置いておけば、確実に、半日でバリバリという音をたてるほど乾燥してしまいますが、日本では、3日ほどたっても乾いたような気がしません。だから、人間の身体も同様で、何とも不思議な戸惑いを覚えているようでした。おまけに、長年ごまかしながら長持ちさせてきた奥歯のブリッジが遂に支柱となる歯を抜く羽目となり、入れ歯にしなければなりません。これはちょっとした憂鬱な気分です。また、読書用の眼鏡を失ったものですから、これも作らなければなりませんが、すぐ疲労感を覚える眼球そのものの衰えはどうにもならないことでしょう。とりあえず、幾つかの病院に通い始めました。そして、最後は日本にいた頃続けていた月に1度の日常的定期検診の再開です。高齢者の病気ですから、とにかく現状を維持できればよい、というモノで、スペインにいた間は、必要な薬だけの投与でずっと過ごしてきました。ずぼらをしないでスペインの病院に通う気になっていたら、きっと必死になってスペイン語会話をすることになったかもしれませんのに----!?
さて、 帰ったばかりの現在、逆カルチャーショックというほど大げさではないと思っていますが、幾つかの違和感を感じています。3日もたてば、勝手知ったる何とかで、すぐ環境順応してしまうことは明らかですが。
 帰国後の日本に異文化感触を感じた最初のものは、住宅についてでした。普通の日本のサラリーマンの狭い住宅ですが、それでも、スペインのアパートよりも倍以上ある私の家ですが、我が家の住宅の家具や道具の小ささ、狭さはどうしたことでしょう。家具の小ささ、種類の少なさ、一つで何でも賄うという方式などは、日本技術の特徴で、既によく承知しているつもりが、気が付いて見てあらためていささか釈然としない気持ちがいたしております。スペインの借家では、備え付けられている家具や道具は極めて安物・粗末なものでしたが、最近の機械製品のようなものでも30年ほどは飽きずにそのままの揃いで使えそうな食器類、最近の安物家具備え付けの台所、風呂場にしても流し、洗面台などの幅も奥行きも一回りほど大きい。煮炊きの電気ヒーターも、我が家は半分以下の大きさでしかなかったのにはショックを受けました。「こんな狭いもの、2カ所しかないヒーターでどうしていたのだろう?」日本に帰ってきて我が家の電気レンジ、トースターなど使ってみると、おなじ電気を使うものであるにもかかわらず、火力が弱く、倍ほど時間がかかるなど、予想外のことでビックリしました。こんなこと考えてみたこともありませんでしたが、ワット数が違うのですから、当たり前のことですが、ちょっとショックです。イベリア半島はかつての60年代、70年代の日本のような開発ブームに沸き返り、都市開発も進行し、小さな核家族用サラリーマンのためのアパートが次々に建っていて、同様に兎小屋といっても良いものが大半ですが、中味は日本の伝統的住宅文化の元にあったアパートとはかなり異なって、おなじ外見の高層・中層アパート群も、すんでみるとやはり随所に構造が異なっています。面白いものです。
 
次ぎにやはり毎日気になるのは、先ずお決まりの物価です。「高い!!、これからどうして生きていけばよいのだろう!?」実際、大まかな感じで言えば、全てが倍!です。(スペインに行かれる観光客の皆さんが言う「わっ、やすい---!!!」の反対です。そうした喜びの余り、時に、2ユーロのものに20ユーロという大金を請求されて、おかしいなと感じつつも平気で支払う方も多くおられる日本人です。お分かりになりますよね。) 分量を計算に入れて厳密に量れば、きっと倍以上だろう、というのがいい加減な感覚的な知覚です。特に毎食の食品でそういう感覚ですから、これからは、本当に高いものをほんの僅かだけ買って、少しだけ食べるというのが通常の食生活の感覚だろうな、と半ばひねくれて思いました。特に、生鮮食品の高いことには、覚悟して帰ってきたとは云え、ショックを通り越してしまいます。肉で言えば、「細切れ」というような商品名に対応する肉の売り方を肉の文化の国では見たことがありません。ですから、それをみて思いだしてから、ショックを受けました。大体、動物の身体の大きな部分は、臓物だったり、血液だったり、脂肪皮質の部分であったり、骨の間にあったり、腱のように堅い肉の部分だったり、頭や尻尾や骨だったりしているわけで、実はこうした部分の全てが食べられるわけですが、日本の肉屋さんの店頭に見る限りでは、こうしたことが形の上で全く見えてこないのはどうしてなのでしょうか? 捨てているわけがありませんから不思議です。肉文化の国では何処でも、肉の部分が明示されていて、部分に応じて値段が付いていて、全ての部分を家庭料理でも食べていると言っても良いでしょう。最近の急速な都市化で成長してきた大型スーパーではともかく、その町の伝統的な歴史的な食料のメルカド(市場)では誰でも肉をその部分の名前を言って買います。料理屋のメニュウでもそうしたことが言え、例えば、「牛の頬肉の煮込み、これこれののソース味」というような副題付きでメニュウに載っています。こうした料理名が分からない人は少ないようで、わたしたちにはわからないそうした料理を誰でもすぐ説明してくれます。例えば、この頬の部分は脂肪が少なくて健康的なのだというようなことを皆さんが言います。安いものを庶民はよく買い求めるという点はいうまでもないでしょう。そうしたところの食文化を見慣れてくると、日本での肉などの販売のあり方は、何か非常に詐欺にあっているような感じをつい持ちましたが、どこかが不合理であるに違いないとは思いますが、そんな感覚はすぐなくなるでしょう。実際、TVの日曜読書案内で推賞された書物の解説で聞きましたが、そうした業界の専門家の書いた「真面目な建設的な書物」に、日本の加工肉食品には、肉の味がするように入れる化学物質があり、特に「細切れ」やハムやソーセージの全てがそういうものだそうですが、これが発達していて、今日の日本に特徴的な様々な肉商品があるのだそうです。この本によると如何にこれを健康的で無害なものにするかという方向で、研究が進んでいるのだそうでした。そこへいくと、伝統的なメルカドで、小さな一つ一つの店が、いろいろな肉屋に分化していて、立派な生ハムやチョリッソのような保存食に特化する店のみならず、耳とか尻尾とか内臓のような極めて安いものを専門にする店とか、豚の乳幼児の丸ごとだけを並べている店が、スーパーなどで見慣れたいわゆる肉屋さんと並んであり、それも牛と豚、羊の肉屋さんも別々に特化しているし、トリ肉、鶏とそれ以外のトリの店が特化し、それ以外のトリにはウズラ、七面鳥は勿論、兎、野鳥も含まれ、そこで庶民が、鉈のような包丁で切ってもらい、骨付き肉を大胆にキロ単位で買い物している風景が、目に馴染んだ日常的な風景でした。勿論、そうした風景には化学物質が肉味を風味付けをしている高級な「細切れ」とか、100グラム単位で表示され、数1000円する洗練されきった「霜降り」肉という脂肪たっぷりの肉などは、決して見いだすことは出来ないのでした。かつて慣れ親しんだこうした日本の肉販売の風景は、やはり私にとってはあらためてショッキングに見えて、当分気になってしようがないことでしょう。それにしてもチーズなども、熟成させたチーズなど日本の生産者は何故作らないのだろう?日本の風土の中では不可能なのだろうか?得意の技術で、機械的にチーズ造りの風土を創り出すことも出来るのではないだろうか?いわゆるチーズ文化の社会で言うチーズの殆ど全てが輸入品であり、それにも気が狂ったように高い値段が付けられているのは何故なのだろう?という疑問につきまとわれます。
それにしても、野菜も良く言われるように、無意味なくらい形の良いものが少量単位で、非常に高価に売られているのは、余程の金持ちでなければ出来ないようなことを庶民がしているという感じで、日本人はつくづく「金持ちなんだ!!」と実感してしまいます。但し、1食あたりでみると、ほんの僅かしか食べないらしいことにもつくづく感心いたします。私は高齢者病のせいで、食事節制をして少量だけバランスよくとる食事スタイルには慣れていますが、先にもいいましたように1日に1回とはいえ、外食などでみると、欧米人が一回でとることのできる分量は驚嘆すべきものです。1日1600-1800カロリーなどという健康維持に相応しい食事量などといったら、みんな気が遠くなってしまうのではないかと想像したくなります。しかし、日本で食生活しているかぎり、そんな「食事制限」などは、1食の分量だけで見る限り、みんな毎日しているから「屁の河童」、自ずと長生き!!ということだなーと感心いたします。但し、3食合計すると、日本人の食事の内容は健康的と言えても、カロリーは想像するほど違わないのかもしれません。 肉食は満腹感は少なくても、本当に腹持ちのする食事だと、いつも思っていました。だから、1人150グラム程度の肉の1食でも、私には基本的に1日のエネルギ−は充分だと感じていました。主食のこうした違い以外にも、お茶についても大きな違いがあります。例えば、日本で言うビスケットの類やケーキのカロリーの高さは非常に大きなものでしょう。例えば、大人の片方の拳ほどのラードの大きな固まりに、同じく同量以上のビックリするほどの砂糖を入れ、強い酒とこね合わせ、そこに小麦粉ではなくナッツの粉を少量ずつ付け加えつつ入れてこね混ぜ、パン種のように堅くなるまでこの作業を続けて型に抜いてビスケットにします。日本のビスケットの4〜5倍あるものを1枚食べても、カロリーは軽食に相当するだろうと思います。ケーキの通常の常識の大きさも日本のケーキの3−4個分ぐらいはあるでしょうから、お茶だけで一食すませても何ともないのもよく分かります。こうした大きさのかなり違う「1個」を比較しても、食物1個の日本の物価はスペインの倍ほどするというのが正直なところです。ですから、スペインに人は、みんな生活に心配が無くなった産業化・都市化の進行と共に、食べ過ぎ、贅沢病と言われる肥満が健康問題になるようになってきました。しかし、もし適度に食べると、非常に活力を生みやすい食事として評価できるのではないかと、個人的には感じています。肉と乳製品で暮らす生活は、私には向いていて、適度に運動して新陳代謝しきることができれば、少し筋肉質で瞬発力を発揮でき安い体質を維持できるかもしれないと言う感じです。科学的にはどうか知りません。ですから信用できない感じだけの話ですが。食べ過ぎ、贅沢はどの食文化でも害が生まれてくるのは共通しているのではないかと考えておけば無難でしょう。
食文化の質の比較上の感想は、別の機会にいたしましょう。帰ってきてから食べた日本の食事のユニークさ、素晴らしさについては文句なく感動いたしました。皮肉な意味を含めつつも、以上のような感じからして、「日本人は何と、なんと「贅沢な」「高価な」食事をしているのだろう!!」と感動している次第です。「こんな食事をいつまでしていられるのかなー」という不安も、年金生活者としては感じます。ケチは話で恐縮でした。