中流社会の変動。月収15万円・高学歴・不安定雇用層の構造化

日本をもう足かけ3年に亘って離れ、その間に数ヶ月帰日しただけで、日本の事情にひどく疎くなってしまいました。その他の国に長期滞在し、ちょっとだけ日本に帰るという事をしていた時期を入れると、もういつの間にか5年以上日本を留守にしていることになります。その間に、世界は新たな地球化の条件の下で、逆行不能な新たな構造化を達成して、日本の階層構造もすっかり様変わりしているはずだろうと想像しています。 1980年代末―90年代始めの時点で私が調べた結果では、中流と自己認知する大多数の人口のうち、「中の中」と自己認知する人たちと、「中の下」と自己認知する人の間に、客観的な指標で若干の階層的な境界が見いだされ、「中の下」層の「中流意識」にもかげりが観察されましたが、未だ「中流化」した階層構造は健在だと、広く信じられ、日本的社会システムの保守によって、「中流化」した階層構造は維持されるだろうと多くの人が期待していました。特に職業的に「労働者」階級に分類される人たちにおいてその傾向への変化が顕著に観察され、「中流意識」に一般的なかげりが見えてくるに従い、それだけ強くこの人達が積極的に保守政党を支持していく傾向を示し、その意味では、「中流化は保守化」という命題が妥当性を持ったし、その後のバブル崩壊から現在に到る、日本型経営の下降的停滞から崩壊にいたる20年間の間に、かつて戦後に階級政党といわれたり、『革新政党』といわれて彼らの意志を代表することに政党基盤を求めた諸政党は、議会制民主義の制度的担い手として、事実上消滅してしまった感があります。それだけではなく、その結果、保守一色となったとはいえ、保守政党もその戦後の政治システムを変動して、新たな構造変動への対応を計りつつ、暫くは混迷を続ける様相を呈しているようです。一方でそうした期待で政治を見つめながら、国民諸階層は、階層間亀裂を深めつつ、多くの若者が、従来のライフ・スタイルの生き方が、生活の安定と豊かさへと結果しない事が一般的になった事実を、漸く認めないわけに行かなくなっているように思います。:すなわち、高学歴・大企業就職を目標に、それを目指して家族は子どもを育て、努力して、安定生活を生涯にわたって獲得しようという生き方、そうした価値尺度において人が不平等な階層的地位に配分される事を、公正妥当なものとして受け入れていく生き方が、いまや「中流化階層構造」を結果しないで、ごく少数の「勝ち組み」と多くの「負け組み」を結果している事実に、漸く気づいてきたと思われます。
中流90%』といわれた時代の、最も『豊かな階層的カテゴリー』は、若年層を含む大学卒・男性・大企業勤務・新中間層的専門職・安定雇用の、1人が占める社会的地位の諸カテゴリーの集合として構造化されていました。所得階層として最も恵まれているこの層は、この中に年齢の異なる2層が区別されていましたが、それは生活給・年齢給を取っているためで、同一の階層のライフステージと見なされることが出来ました。所得階層として次ぎに来る階層は、高校など中等教育卒、大企業、男性、工場労働的職業、安定雇用(一定企業勤続年数上層)などの社会的地位の集合体として分析的に認知される社会階層でした。つまり、大企業で働く労働者層は、安定的な豊かな所得階層に属していたのでした。大部分の人は所得階層や消費水準で主として自己認知していたこの時期の階層的地位は、学歴、企業規模、が極めて重要な階層的地位配分に関わる要因と見なされていたし、それによる限り正当な公正な階層的地位配分と考えられて、『階級』的不平等は既に存在していない、と議論されていたように思われます。むしろ、その公正さを欠くものとしてこの階層構造の問題としてあげられたのが、gender要因であって、性別は不平等要因の最も顕著なものであることは明らかでありました。中等学歴・中小規模企業で働くことが、生涯の職業の安定度で低く、所得・消費階層のやや下の「中の中の下」「中の下」層と自己認知する人たちの客観的な地位要因でしたが、高学歴の人であっても、女性であれば、この社会層へと固着しているという構造があって、すなわち大企業は女性を採用しない、終身雇用制度から女性は排除されている、という構造がありました。しかし、必ずしも事実ではなかったのですが、個人は学歴によって階層的地位を自由に移動出来ると言う社会の開放性が『信じられている』かぎりは、男女ともにこの階層構造自体の不公正さを問題にすることはありませんでした。むしろ、Gender文化の批判が一般的に大きく問題にされる傾向があったようでした。その後、男女ともこぞって大学に入り、高い階層的地位、中流の消費生活を目指したが、しかし、その後の世界経済の展開は、これらの若者を殆ど無制限に大學に迎え入れることが出来る教育産業の興隆にもかかわらず、大卒の高学歴は、「中流の中」の職業への就職への配分機会を何ら保障しないものとなってしまいました。非常に多くの若者が属する多くの私立大学の、非常に多くの学生が卒業しても適当な安定的雇用を見いだすことは絶望的な時代に入ったといえます。今日本の階層的地位配分の制度構造はどのように変化していきつつあるのでしょうか? 或いは制度構造は変化しないでそのままでありながら、つまり、1番恵まれている消費―所得階層はやはり高学歴、男性、大企業、専門的管理的職業、なのかもしれないし、変化したのは、そこに属する人々の人口が極めて薄くなってしまい、『中―中』以上に対して『中−下』「下」層が極めて厚くなったことではないか、とも想像されます。大量に産出される大卒、修士号、博士号取得者も、極めて就職が難しい状況が想像され、戦後の学歴が持つ形式的な意味が失われている状況が観察出来るのではないか、と思われます。最近は、日本にそろそろ帰って、少しデータを読んで、しっかりとこうしたことも認識し直してみたいと思い始めています。
第一に、生産力の情報システム次元が徹底的に機械化され、オートメ化され、人力は無限に0に向かって「合理化」されてきたこと、第二に、人材・労働能力の経営管理システムは、徹底してjust in time systemに「合理化」され、つまり、必要な時間に必要な量だけ、必要な場所に一時雇用する、という方式が一般化されたこと、多くの労働人口は、こうして高学歴であっても、時間給で雇用される広範な不本意な職業に就いている人達といわざるを得ない人たちへと固定し、階層化せざるを得ない事となっている、と思います。こうして、今までの経済の歴史の中で歴史的な高度の生産性を上げる時代に入り、少数多国籍の大企業に世界の剰余の富は集中し、使いようもない富を集中しながら、他方で、年金・健康保険・環境維持の社会保障・福祉制度を維持出来ないというようないびつな制度が世界各国に生じています。昨今、、このいびつさの結果として大量の世界人口が貧しさに喘いで救いようのない状態にあることを、これ以上それが何故起こっているかを詳しく知っている人はいないだろうと思われる、今世界の剰余的富の広範な部分を独り占めしているビル・ゲイツさんが、その個人的富のごく一部を、アフリカの人の貧困病患者のために寄付しようとしている「美談」が報じられました。金額は、個人的には、一見巨額ですが、そんなことより、徹底してなくしてしまった雇用を元通りに近く維持するシステムでも開発してもらいたいものです。

 それはともかくとして、ここスペインではどうでしょうか? 周辺の友人達の家族の話を聞いても、日本とかなり似たような状況が観察されるように想像しています。
10月24日、El Pais 国際版 Society欄で、マスター以上の高学歴の30代が、低賃金で高い生活レベルを実現しようとして苦労している最近の実態がレポートされていて、極めて興味ある記事となっています。例によって、この記事をそのまま、ご紹介しておきましょう。
 新聞に、新社会階級Mileurista月収1000ユーロ階級がうまれている、という趣旨の投書があったと言うことで、それを検証する形で、インタビューにより、このレポート記事が書かれていました。それによると、「ミルユーロイスタとは、若く、大卒、外国語を話し、学士・修士号を持ち、----しかし、月収1000ユーロ(1ユーロ=140円換算で、約14万円)以上稼ぐことがない。彼らは都市を好むので、その収入の1/3以上を家賃に使う。預金はゼロ、その日暮らしに終始している。たまには楽しいが、非常に疲労している。」というような定義になります。
この2ページのテーマ記事は、こうした定義があてはまるだろう事例について、インタビューを行っているものです。
投稿者カロリーナは27才、女性、作家、バルセロナ下町に住んでいます。広告会社勤務。ドイツに数日旅行してドイツで働く友人の生活と比較した結果、怒りと羨望の感情を抱いたといいます。彼女自身は他の3人の20代後半の女性と住居をシェアーしていますが、彼らのうち、誰1人アパートの家賃全てを1人で払える人はなく、月360ユーロ(約5万円)ずつ出して一つのアパートに同居しているが、3人とも1年前には全く見ず知らずのもの同志で、奇妙な、しかし堅く結びついた家族生活をしています。彼女の知っている友人は皆同じような生活をしていて、例えば、「マドリの出版社で働く友人は月収1000ユーロ、アンダルシアの弟は技術者でやはり同じような生活をしているし、その妻も環境学の学位を持つが、同じようなものです。だから、我々は同じ階級にいるといえるように思います。他の人と比べると、我々は威信の高い層に属し、我々の生活がひどく悪いというものではありませんが、しかし、我々自身が期待している生活とは全く言えません。」といいます。
この事例は最近の欧州連盟、the Eurydiceのレポートとも大体合致しています。それによると、スペインでは大卒の40%しかその学歴に対応する職業に就いておらず、25−34才の学部卒の失業率は11.5%で、平均6.5%のヨーロッパの中でも最も高い失業率の国の1つである、ということです。
にもかかわらず、上記の事例は広くヨーロッパに見ることの出来る傾向である、ともいえましょう。この記事によると、フランスの社会学者Louis Chauvelは Le Nouvel Observateurでいっていますが、19世紀や20世紀初頭の貧困者は未熟練労働者、農民、高齢者などだったが、こうした人のいた社会は消滅しつつあり、「現在の新貧困者は若者である」といっています。
スペインのここで問題にする世代は1965-80年に生まれた世代で、一方の極にあって、20代末の「若者」を卒業しつつある投稿者のような年齢層の人であり、他方の極に、40代に入る、権力を握りつつある世代である。これらの世代は黄金時代の子供時代を過ごし、満帆に追い風を背負った発展時代を通じて、近代的・楽観的時代を過ごした、自己犠牲と責任感のある親に育てられた人たちである。彼らは1974,1992の二度の経済危機を経ているが、その時期、このスペイン史上最も高度の学歴を持ったこのベビーブーム世代が、それ以前の世代よりも良い生活が出来ないだろうなどと、誰も過去を振り返って疑うものはなかった。しかし、実際にはそうならなかったのであり、これが問題の根底にある、と社会学者Enrique Gil Carvoはいっています 。彼は、
「この若い世代にはある期待が創り出されていた。それ以前の世代、つまり1936年に生まれた私や私の兄弟の世代は、好景気の時代を過ごしてきた。わたしたちはあらゆる点で「父親殺しの夢」を実現出来た。父世代よりも良い家屋、良い職業等々。しかし、教育機会の点で、私達世代よりもっと良い状況の中にあるこの新1000ユーロ所得階層の未来は、皮肉にも、彼らが期待するような輝かしいものではなかった。」と述べています。
上記カロリーナは、スペインのサラリーマンの通常の習慣のように、二時間の昼食をとっています。よくレストランに行き、七ユーロの定食を注文しますが、毎日払えるというわけには行きません。彼女はプロデューサーのような映画の仕事に就きたかったが、「早い時期にそれは無理だと考えるようになりました。しかし、良くあることなので大して落胆したわけではありませんでした。しかし、最悪なことは、どんな職業に就くのか分からなかったことです。両親のように家族を持つことが私の目的になることは出来なかったし、何が目的になるのか分からなかった。」 彼女はそれを失敗と感じているわけではないが、しかし、「多くの知人・友人をみてその態度を定義しようとするとき、ある種の一般的絶望感を感じるのです。というのも、この新所得層は年をとるにつれ、その生活はだんだんと厳しくなっていくからです」
他の事例を見てみよう。ベレンは37才、マドリッドに住んでいるが、あらゆる点でボートに乗り遅れたと感じています。彼女は心理学を学んだが、家庭心理士resident psychologistの公式資格試験の最初の機会を見送りました。そしてその試験を受けようと決心できたときには既にもうその職業の空きはなかったのでした。それ以後、14年間、仕事から仕事に渡り歩いたが、彼女の教育歴に相応しい仕事に就くことは出来ませんでした。また総月収1000ユーロを超えることは1度もありませんでした。昨年から、administarative assistant事務員としての正規職員の契約をもったので、それ以後、やはり30代のカレッジ卒、月収1000ユーロ層のボーイフレンドと、借家のアパートに同居しています。自分の家や子どもを持つことは不可能だと思っています。生活のための労働時間を考えると、犬を飼うとも不可能です。」といいます。インタビューの結論として彼女は「私は自分の人生を誰かに盗まれたような気がする」と述べていました。
ベレンの友人の1人は生物学分野の応用情報科学を専攻し、マスターを持っていますが、この一年間電話交換手をしています。「大学卒でこうした仕事をしているのは私だけではなく、この仕事は学位を持ち、言語と専門領域を持っていて、必要ならば、ドイツ語で応募するような過剰高学歴の人で一杯だ」といっています。
社会学者Luis Garridoは、この若者達の未来への希望喪失感の一つの鍵となっているものは大学卒の過剰人口だといっています。「私は1956年生まれだが、私の小・中学校の時に、大学生は若者同世代の10%でしかなかった。その殆どが男性であった。そしてこの10%ほどの男性がその世代のよい職業を独占していたことは明らかであった。私の同世代の人はそれを知っているので、大學学部に行くことによって更に先に進めるので、子ども達にそう教えているのである。1980年代に始まり、大学生は今日30%にまでふくれあがったし、女性が群れをなして大學に参入してきた。この結果、教育システムは他のヨーロッパの国と比較にならないほどの劇的な変化をした。そしてまた、良い職業はこの卒業生の全部に行きわたらないこととなった。どんなに努力してもそれは出来ないこととなった。これが何年勉強の期間を延ばしても、どれほど諦めずに努力しても、充分に収入を上げることのできない無数の欲求不満の若者を創り出してきたのである。」
この社会学者の話は、「学歴インフレ」の限りで、私には日本の1960年末から始まり、70年代はじめまでくすぶっていた「大学紛争」の時期の頃を思い起こさせます。当時、労働能力の広い層に亘る一般的水準の向上を急速にはかった結果、駅弁大學といわれた新制国立大学の「粗製濫造」や既成私立大学の大型化は、学生定員だけ急膨張させながら、容れ物さえ不十分で、大講義室に500人クラスの講義など珍しくない、という時代を生みました。それは学歴に対応する職業の関係の変化にも対応しています。大量に必要となった管理部門や営業部門の労働は、戦前の一般事務労働=女子中等教育卒、経営管理部門事務労働=大卒サラリーマンの対応を高度化し、いわゆる「学歴インフレ」を起こして、昔ながらの高学歴の中産階級への上昇を期待して大学に入った多くの庶民の夢を裏切ったのでした。それが、「一般学生の大學反乱」という社会現象の物質的基盤としてあったように思います。しかし、当時は、たとえ旧中産階級の仲間入りは出来ないとしても、戦前・戦中には小学校しか行けなかった大部分の日本の家族のみんなが、ともかく、終生の安定を確保出来る、何らかの職業に就くことが出来たのでした。それは歴史上初めての希有な時代でしたし、世界でも少数の産業社会のみが達成出来た、日本で言う「中流社会」という革命の必要がない「議会制民主主義」の重要な要件を達成出来たのだと言うことを、誰もが何らかの形で納得することになったのでした。
しかし、現在の「学歴インフレ」は、こんな生やさしい基盤の上に成り立っている物ではありません。60年代の私が学生だった頃、社会科学を勉強していた友人間の話題の一つに、オートメーションのことがありました。当時サイバネティックスなどという学問が耳新しく、情報科学といわれる学際的学問が形成されつつあった時期だったのですが、今日のように、工場の生産過程や事務のような情報処理過程にコンピューターが利用されることもなかった時代でしたが、当時賢げに提唱された未来学なるものと比較して、幼稚な議論のように思われたかもしれませんが、近未来に情報システムが発達して、大量の工員や、事務員がいなくなってしまった無人の工場や、無人事務機構になったとき、人はどうやって生活費を稼ぐことが出来るのだろう、ということがひどく真剣に話題にされたものでした。議論として、私たちにはその解答は全く見当もつかない物でした。今、私達の時代は、殆どそうした時代だと言っても良いでしょう。個人が皆同じように構造化されたパターンの生き方に従って一生懸命努力すれば、同様にみんなが食えるような、その意味で納得できるような社会構造の正解は未だ見つかっていないように思います。
スペインの話に戻りましょう。ベレンやその友人達のように、学部を卒業した時によい職業を見つけることが出来なかった人たちは、他の多くの若者と同様、もっと人よりも傑出しようとして勉強を続け、修士課程に進み、博士課程に進み、或いはより多くの専門課程コースを学習しなどして、だんだん年齢が高まり、それだけより専門的で高い報酬を得る仕事へのニーズと欲求も高まるが、それは決して可能とはならないように思われ始めています。今までの構造的パターンないしはルールに従って最後の出口を求めて走り回るこうした若者達は、丁度、実験室のネズミが迷路の中で決して見つからない出口を探してうろつき回るような、悪循環に似た過程がそこにみられるように思われ始めてきました。
ごく最近の若者達にとっても明かりの見える人生の登竜門をみつけることはやはり容易なことではないようです。29才のセヴィーリャ出身のダニエルはその完璧な見本でしょう。「私は建築士で、3つの外国語を話し、建築事務所との契約のない仕事をしながら、月収1000ユーロ以下の報酬を得ている。私は今まで契約した仕事をしたことがないし、給与付きのヴァカシオネスをとったこともないし、そうした勤務条件を得たことはない。15年中古車に乗り、今月は30ユーロも払えなくて新聞も買っていない。ガールフレンドとアパ−トをシェアーしているが、法外な金を取られているとは思わないが、それは我々を芥溜めに放り込んでいるようなものだ。」
しかし、そうはいっても、それ以前については言うに及ばず、1950-60年代の大部分の若者と比較して、今日の若者の生活状況はずっと良くなっている、ということも事実だと歴史家は言うでしょう。
カロライナは毎週火・木曜日にフラメンコの練習に通っています。1ヶ月50ユーロ一日1時間の練習というもので、初歩的なものでしかありませんが、一応満足しています。というのもこれでリラックス出来るからです。 しかし、高学歴層であって、他社会層よりも恵まれている1000ユーロ収入層の友人と同じように、フラメンコを選択すればプールに泳ぎに行くことは諦めねばならない、ということになります。夜遅くバスで帰宅する頃には、他のルームメイトは大抵帰宅して居間で座っています。ローラは29才、マーケッティング専攻のエコノミストだが、2つ目の修士号をとるための学費を作ろうと倹約中です。同じく同居中のアイナラは24才、法学士で多国籍企業の会計部門で働いています。ベレンは29才、芸術史を学び、文化センターで働き、それで生計を立てています。彼らは毎日をどんな風に過ごしているかを語り合い、たんなるルームメート以上にお互いを必要とする友達です。彼らは住居だけでなく生活をshareしています。ローラは最年長者で、最もはっきりと自分がおかれている生活状況を批判的に見ています。「私は住宅資金を借りようと銀行に行ったのですが、その資格要件を満たしていないので見下されました。私は19年間勉強を続けましたが、あと何年続ければ彼らの資格要件を満たすことが出来るのか全く見通しが立ちません。」
 この4人はともかく現在の所、皆、雇用契約を持っている。1995年1200万人が働いていたが、今現在、1900万人が雇用されている。最近の好景気のために、彼らは有利な条件を利用することが出来ました。しかし、この世代から以後の若者には、一時雇用や時間制の雇用など、襲っている雇用の不安定さの犠牲者となっています。2004年の30才代の雇用契約の52%は臨時雇用であるが、これは目新しいことではもはやない。1995年にはそれは62%だった。
何よりも一月1000ユーロというのは、親からの家を出て自立できたとしても、ルームメートの友人達と頼り合いながらでなければなりません。住宅費はアッという間に高騰し、1993年に自治州首都平均、ピソ(アパート式住宅)100平米あたりの価格は9万1000ユーロだったが、現在は22万8000ユーロになっている。10年前に住宅を購入した人たちは、かれらの生涯の投資をしたものだが、購入出来なかった人は、その生涯、アパートをシェアーする運命におかれるか、30年、40年、にわたって住宅の借金を返し続けることになり、定年後に漸く住宅購入が完了することになります。このような全生涯に亘って取り囲まれる不安定な生活様式を打破する必要性を持つ世代の不確定な性質を、社会学者は認知しています。ここで問題にしている世代の人たちは、ベビーブームの時代に生まれています。:1960−70年代は、65万人の子供が生まれています。1977年には36万6000人しか生まれていない。つまり、この月収1000ユーロ層は小中等学年の時は1学級45人であり、大學では、もう定員満員で多くの若者は登録出来なかったし、第1希望の専門を修学することが出来なかった。卒業しても資格に相応しい職業に就けなかったし、65才過ぎても働かなければ老後生活は難しく、年金システムは崩壊してしまっているだろうと予測されています。
彼らの両親世代は非常に早くから親から独立してきました。カロリナやローラの年齢には既に住宅を購入しているか、ほぼ購入していた、ということです。カロリナは折り畳み机とベッドを一つ、それに本を入れてある衣装戸棚一つを持っているだけです。両親世代では、女性1人あたり3人の出産率だが、その子どものこの世代の時代になって、1990年代末には1.1人となっています。彼らは子どもが欲しくないのではなくて、専門家の意見によれば、生活の周期性、規則性を司る体内時計が再生産に必要な状態に達していないからなのである、といいます。
バルセロナのアパートで4人のこれらの女性が問題を討論しましたが、カロリナは「その日暮らしは、どことも結びつきがないから、誰にもチェックされることもなく、何の拘束をも受けないので、ルーティンを破って、その時々に好きなことをすることが出来る自由なものであるというのは本当だが、しかし、私は保障がないのが残念です。」
Gil Calvoは、この世代は「昔の小説のように主人公が底辺から努力し成功して終わるというようなお話はこれからはないのだということを、もう時間をタップリ使って知っている」といっています。

青年研究所の統計によると、30−35才の年齢層のスペイン人の30%は未だ親と同居していると言われています。25−29才では63%に及び、18−25才では95%同居している、という統計になっています。彼らの研究によると、北欧や合衆国などと比較すると、スペインでは自立して暮らす青年が非常に少ないことがわかります。
ハビエル・ルイス・カスティーヨ経済学教授は、この現象を「通常、安易な子ども時代、寛容な両親、大家族の傾向にある南部ヨーロッパの文化などを用いて説明しているが、私の研究の結論はそういうことよりも別な要因の方が重要だ、すなわち、失業が少なく、よりやすい住居を求めることが出来る都市の若者は、より早く親元を離れている。教授はかつて、1990年代始めに、人口のどんな部分が一番良い生活をしているか調査したことがある。それによると、30才以下、子ども1人の勤め人が平均100のスコアを与えられるとすると、より年齢が上で有資格で、独身の勤め人は186でtopとなり、親元に住む大学生は154となっていました。つまり、「こうした親元の若者は丘の上の王様であって、そこから出ていくことは多くを失うことを意味しているのだ。」
 同様に社会学エンリケ・カルボは、「同居する両親と多少とも比肩出来る社会的地位を持って独立出来ない場合、別居しないことを選択するのは合理的である。それは純粋に家族の社会上昇の戦略であって、金持ちの家族にとっても貧乏人の家族にとっても、右にとっても左にとっても同じことだ」 33才の1000ユーロ所得層Juanの場合、その典型例だといえる。「私は9年間、セールスマンとして働いてきました。月収税込みで1100ユーロです。一度目は妹と一緒に、2度目は友達と一緒に住んで、2度親元から別居しようとしましたが、そのたびに失敗して親元に戻りました。それが出来ないと言うわけではなかったのですが、しかし私のサラリーでは、600ユーロを家賃に払い、仕事にどうしても必要な車の月賦を毎月200ユーロ払って、残り200ユーロを食費に回すと、1セントも残らないのです。」といっている。日本の大学を卒業した多くの青年達も、今同じ状況にあるでしょう。 最近では、「勝ち組み」「負け組み」などということばで、この新たな階層構造化を言語化しているようですね。