スペイン民謡 ラ クララ

伝統衣装で歩く女性

I様
 -----さて、話しがかわりますが、*ピアソラ聴いたことありますか?ここサラマンカの街角の大道芸で、ピアソラ弾いているアコーデオン弾きにであうと一瞬足が止まり、小銭を探したくなる、難曲のタンゴを作曲した人だと思いますが、様々な層の人を引き込んで思わずそれぞれの生活を深く沈思させるような”大衆”音楽を書いている人だと思います。音楽年代で一昔二昔(或いは三昔ぐらいかな?)、クラシックファン層にもだいぶファンが増えたようですが、もう一つその前の世代の、ピアソラのお師匠さん格の人気歌手だったカルロス・ガルデルCarlos Gardelの作品もついでに大変流布したように思います。
ガルデルのは歌ですから、当然歌詞が付いています。しかし、こちらで買うCDには歌詞が付いているのは稀で、聴き取る以外方法がありません。それがまだ殆ど聞き取れませんので大変残念なのですが、何か破滅型恋愛というのがアルゼンティンの歌謡に出てくる恋いの基本形の一つなのではないのか、と想像したりしているだけです。いまいち、確信が持てるわけではありません。しかし、有名な「首の差」という競馬に引っかけて歌う恋の歌のように、「いつも結局大損することは分かって居るんだけれど、贔屓の馬が首の差で競っているところを見ると、もうやめられないのだ、俺の恋もいつもそうなのさ、」というのですが、ジョッキーになって競っている風景が重なって、何とも破滅的エロ的でもあり、これはタンゴのリズムでなければならないはず、と納得させられてしまいます。
 タンゴとは雰囲気が違いますが、フラメンコの歌の方のコンサートに行ったことがあります。「女に夢中になって、親も忘れてしまうなんて、----」なんというお説教くさい文句を絶叫すると、ヤンヤの拍手をもらうかとおもうと、「俺はいつも俺の犬を邪険に扱ってしまう。だけれど、ひっぱたいても、邪険にしても、こいつはいつも俺にじゃれてくるのだ、時に本当に可愛くなるよ」というペロ「犬」という歌など、何とも激しいもので、このスペイン社会、マッチョも極まるといえるかと思うと、さにあらず、それは女の方も対等で、男を惹きつけて焦らし焦らして、金持ちの方にいってしまうというお話は、歌の世界でもお馴染みのようです。(このコンサートには幸運にも日本語に通訳できるスペインの方が隣りに居ました。但し、フラメンコには同じスペイン人でも分からない言語で歌われるものが多いそうです。スペインの言語問題については若干の紹介がすでに日本人によって紹介されています。)
 現代の中高生黒目パッチリ{処女ですよ}タイプは、見かけの悪がりと違って、多くは結局純情一筋の、“粋”の伝統が変容した様な日本型の伝統を受け継いでいるように思えますが、ラテンの中に見る破滅型恋のタイプは、どう理解すれば分かった気になれるのかな、と思ったりしています。悪漢小説読めば分かるでしょうか?日本にも、最近はこうしたスペインーアルゼンチン破滅型恋がお好きな方もあるでしょうし、そうでなくても、破滅を予感し、確信してから初めて始める「恋」もあるでしょう。結婚なんて、どうしても結婚しよう、と思わなければ出来るもんではないですよね。
 最近、何人かの三〇代のバリバリ現役女性の中に、子供も産んで、離婚もして、「男なんかもうしっかり知っているわよ」という自信に満ちあふれる人に出会いました。しかし「しっかり知っている男」のタイプを「男」としているケースが多いようで、それは男も同じ事でしょうが、男をものすごくマッチョなイメージで描いて、それを重ねて男性一般の1人として憎まれたり、「あんたみたいな中性的な人は---」なんて軽蔑されたりして、ちょっと腹を立てたりしました。(美人てあんまり好きになれないね、てのは独り言。)しかし、考えれば漸く女性も男性を対等に見だしたわけで、男ばかりが勝手に「経験」して知っている顔はできなくなったし、「性」を探求する人は大体女性、という時期を経ているわけですから、知識の豊富さも当然違ってくるわけです。昔から片方だけで出来るものではないですから、実体験のことだけを云っているのではありません。女性にとって不利な時代を経過中なわけですから、自立のためには、いろんな戦略だって練っている訳です。話が、思わぬ方に曲がってしまいました。性に関して、私もどこかに怨念を潜めているのかな? きっと、みんなそうですよね?消費市場が描くような、性的に満足な生涯ってあるんでしょうかね?ついでに云わせてもらうと、人生何時になっても未経験、「あんたみたいにもう経験終わった人は---」なんて、うんと若い頃は思ったものですが、「まだまだこれから知らない先がある」と、みんな思っていることもほんとですよね?私の友達の「医者に宣告された」人たちだって、もう終わりに到達したんだと思っている人は1人も居ませんです。毎日、すごく頑張ってます。連れ合いなくした人たちも、自立して、すごく頑張っています-----。少なくも自立しようと頑張ってます。そういう友からいろいろと将来の生き方についても教えてもらっています。
 あれっ,何の話をしていたのだったのでしょう? 人のウェブ覗きすぎて、話がごちゃごちゃ、何の話をしていたのかわらなくなりました。失礼。

本題に戻りましょう。もう一つサラマンカ民謡を紹介しておきます。賑やかにみんなで酔っぱらって歌います。
      La Clara ラ クララ
Esa que llaman la Clara ‘彼らはラ・クララとよんでいる
La flor de Villarmayor     ヴィジャマジョールの花
Se marchó para Ledesma    それがレデスマに出ていった
A servir a un gran señor    大地主に仕えるために

アイ ラ・クララ、ラ・クララ、ラ・クララ、
昔は娘、今は結婚
荷鞍牽き、荷鞍牽き、荷鞍牽き
鍛冶屋の娘をもう愛さない!

‘彼らはラ・クララとよんでいる
ヴィジャマジョールのマリア
カストロの息子を愛してたのに
この荷鞍牽きから去っていった

小略

(以下繰り返し)、
アイ ラ・クララ、ラ・クララ、ラ・クララ、
昔は娘、今は結婚
荷鞍牽き、荷鞍牽き、荷鞍牽き
鍛冶屋の娘をもう愛さない!

クララがミサに行くときは
角砂糖を持っていく
若者たちに呉れてやり、
もうプタ(娼婦)だなんて云わせない

クララが踊りに行くときは、
赤いスカート翻す
若者たちが云わないように
孕んだなんていわせない

それでチャプリンのお屋敷には
男たち、今日も門から出たり入ったり、
次の男も待ってます
クララが会いに出てくるのを

アイ ラ・クララ、ラ・クララ、ラ・クララ、
昔は娘、今は結婚
荷鞍牽き、荷鞍牽き、荷鞍牽きよ
鍛冶屋の娘をもう愛さない!

チャプリンチャプリンチャプリン
寄り合いに お前も行かなきゃならぬなら、
云ってやれ、云ってやれ、云ってやれよ
“小母ちゃん”なんかと行くもんか。   

 El ayutamiento寄り合い, 集会、という意味とf○○○するの両義語。

1945年以前、(スペインでは終戦前とかいう言い方はありません。フランコ政権は明確なファッショ連合国でしたが、参戦していなかったからです。)祭りや祝いのパーティではみんなこれを大声で歌ったものだったそうです。勿論、子供も幼児も大声を張り上げました。「アイ ラ・クララ、ラ・クララ、ラ・クララ----」と。 で、「この歌の意味分かって歌ってたの?」、『そんなこと分かっているもんか、合いの手のリフレーンを怒鳴っていたのさ』とは、今スペインの団塊の世代の人たちの子供時代の回想でした。